ニッコール千夜一夜物語第八十七夜 new Nikkor 200mm F42023年09月28日 00時00分00秒

一色海岸(神奈川県三浦郡葉山町):Nikon Z6、NIKKOR Z 24-70mm f/4 S、44mm、絞り優先AE(F8、1/200秒)、ISO-AUTO(ISO 100)、ピクチャーコントロール:AUTO、AWB(6160K)、マルチパターン測光、ワイドエリアAF(S)、手ぶれ補正ON、自動ゆがみ補正ON(強制ON)、高感度ノイズ低減:標準、手持ち撮影、Nikon NCフィルター、バヨネットフード HB-85

世間はニコンZfだのNIKKOR Z 135mm f/1.8 S Plenaで盛り上がっているが、今日はニッコール千夜一夜物語第八十七夜 new Nikkor 200mm F4の話題だ。すまん。
ニッコール千夜一夜物語第八十七夜 new Nikkor 200mm F4(ニコンイメージング)

第八十七夜はnew Nikkor 200mm F4を取り上げます。定評あるオートニッコールをリニューアルし、全く異なるレンズタイプで新開発された望遠レンズ。今夜はnew Nikkor 200mm F4の秘密を紐解きましょう。
一見地味に見えるスペックの望遠レンズ。しかし、地味に見えれば見えるほど開発者の知恵が詰まっているものです。new Nikkor 200mm F4はまさにそんなレンズでした。今夜はニューニッコールの幕開けと共に企画し開発された、この小さな望遠レンズが生れた時代を辿ってみましょう。

佐藤治夫

たしかに一見地味に見える。中古屋さんではNikkor 200mm F4って人気もあまりないようで、結構格安でどこにでもあったりした。私はいまだにNikkorの200mm F4は手に入れていない。なぜかずっと後回しにしてきた。いつでも買えそうな気がしたのと、子どもの頃Pentax SVとSMC Takumar 200mm F4で撮っていてファインダーの暗さに辟易していたからかもしれない。ニコンだとファインダーそんなに暗くないし、ミラー切れもないんだけどね(Pentax SVだとファインダーで上部が暗く見えた)。

今回調査して意外なことにまず驚きました。早打ち名人の綱嶋親分が、このレンズに対してはじっくり時間をかけて練りに練って設計していたのです。なんと量産までに首尾整った設計案が四案も存在しています。第一案は1971(昭和46)年3月に提出されており、最終案の第四案が1974(昭和49)年2月に提出されています。その間三年。石の上にも三年と言いますが、この時代としては十分すぎるほどの検討時間でした。それではなにが綱嶋さんをこれほどまでに追い込んでいったのでしょうか。それは最初の設計案の報告書にある綱嶋さんの書き込みからわかりました。綱嶋さんは最初の報告書に「FK52を使わずに現行200/4よりコンパクト化を図る」という書き込みをしています。要は安価な硝材のみ(≒ED硝子を使用せずに)で、今までにないほどテレ比が小さい、他が追い付いてこられないほど小型で、高性能な望遠レンズを実現するぞ、という強い意志の表れだったのです。綱嶋さんの強い決意は、設計限界への挑戦だったのでしょう。その殴り書きのように鉛筆で書かれた書き込みが、綱嶋さんの意気込みのすべてを物語ってくれました。

「要は安価な硝材のみ(≒ED硝子を使用せずに)で、今までにないほどテレ比が小さい、他が追い付いてこられないほど小型で、高性能な望遠レンズを実現するぞ」、なるほど、安価でコンパクトでよく写るレンズを目指して完成したのがnew Nikkor 200mm F4だったのか。あちこちで見かけるのはそれだけ売れた証拠だ。

それではnew Nikkor 200mm F4の断面図(図2)をご覧ください。この光学系は典型的なテレフォトタイプの光学系です。

絞りより前方(前群)がいわゆる望遠鏡対物に由来する凸対物レンズです。テレフォトタイプの場合、この群がマスターレンズと考えるべきです。この群で十二分に軸上色収差を補正しておかなければなりません。したがってアポクロマート対物によく使われる、典型的な凸凹凸3枚の構成になっています。実に美しく教育的な構成とベンディング。しかも硝材は特殊なものでもなく、耐久性にも化学的にも優れているものばかりです。また絞りより後ろの群(後群)は全体で負のパワーを持っている凹群です。この群をテレコンバーターと考えていただければ理解しやすいでしょう。この凹群の存在自体がテレフォト構造を形成していると言っても過言ではないと思います。要は、この後群を使ってテレ比をかけていると考えれば理解しやすいです。したがって、この凹群でかけたパワーの分だけ色収差も球面収差も増大するわけなのです。更に色収差に着目すれば、後群をテレコンと考えた場合「後群テレコン部分による倍率の二乗で軸上色収差が悪化する」と言えます。考えてみてください、二乗ですよ。要は少しでも強いテレ比をかけると、軸上色収差が急激に増大するというわけです。さらに大口径化したと仮定すると球面収差の補正難易度も上がることはおわかりだと思います。したがってテレフォトレンズの設計上で最も苦労するのが色収差の補正であり、次に球面収差、コマ収差なのです。また、写真レンズは使用倍率が変化する光学系です。したがって、撮影距離変化に対する収差変動も抑え込む必要があるのです。その点、テレ比が極端に小さくなれば小型にはなりますが、非対称性が高まることを意味しますので、近距離収差変動は増大します。片や天体望遠鏡では、元々無限遠を観察する光学系ですから、いくら大口径で優秀な色消し対物レンズになっていると言っても、変倍に対する耐性は高いとは言えません。ところが写真用望遠レンズは、近距離収差変動に対する耐性も持たなければならないのです。そこも写真レンズが他の対物レンズに比べ、設計難易度が高いところだと思います。

なるほど、テレフォトレンズの設計上で最も苦労するのが色収差の補正だったのか。

話は逸れて悪いが、Ai Nikkor 35mm F2Sをフィルムでは愛用していたのだが、D300を買ってからは画角の関係であまり使わなくなっていた。しかし、Z6を買ってからまたAi Nikkor 35mm F2Sを使おうと思って開放付近で使うと、D300やD300Sのときと違ってなんか倍率色収差が目茶苦茶出るのだ。実際に同じものを撮って記事にしようと思ったのだが、作例を撮ったところで頓挫している。要するにD300やD300Sでは自動的に倍率色収差を補正していたけれども、Z6では倍率色収差は補正していなくて、NX StudioでNEFファイルをいじれということのようだ。オールドレンズの素の性能を見たいときに困るからかなぁ。私は倍率色収差を勝手に補正してもらって全然困らない派だけれども。
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それでは収差補正上の特徴を各撮影倍率でつぶさに観察していきましょう。まずは無限遠物点結像時の収差特性です。初めに軸上色収差ですが、他のニッコール同様、俗に言うd-g色消しになっています。したがってF-c線幅がダイレクトに二次分散として現れる補正方法です。次に球面収差に目を向けますと、基準線は球面収差の輪帯の膨らみが少ないフルコレクションで、模範的な形状に補正されています。ただしg線の球面収差が少しオーバーコレクションになっています。要は色ごとの球面収差のコレクションフォームが異なるというわけです。この現象は色の球面収差と言われることが多いですが、値の大小はあるものの一般的な写真レンズでは良く起こる現象です。設計コンセプトによっては、このg線をさらにプラスに追いやって放置し、見かけ上の二次分散を少なく見せる補正方法を採用する設計解も存在します。この色収差補正方法では見かけ上MTFは向上しますが、その代償で常に青紫色(g線色)の色付きを誘発させてしまうという厄介な現象も漏れなく付いてきます。ニッコールレンズの設計思想としては、この青紫の色付きを好みませんでした。この色収差のまとめ方を積極的に採用せず、d-g色消しを正として採用していたのです。

しかし、それにはもう1つ大きな理由がありました。それはフィルムの分光感度の問題です。ニューニッコール創成期では、まだまだ白黒フィルム全盛時代でした。実は白黒フィルムの主成分であるハロゲン化銀の固有感度が短波長側にある事から、g線近傍の感度も十分高かったのです。したがって、g線だけを大きくプラスに補正する設計手法を用いると、白黒写真において短波長光線起因のフレアーによりシャープネスが低下したのです。また、カラーフィルムでは先に説明したように、赤青黄色の発色は良いのですが、全体的にうっすら青紫のベールが掛かったように写るのです。真っ白なドレスがうっすら青紫に写るわけです。また、いわゆる木漏れ日撮影時のパープルフリンジと言われる現象の犯人でもありました。したがってこれらを総合的に考え、綱嶋さんも「d-g色消し」補正方法に落ち着いたと言うことだと思います。オールドニッコールの時代には、もうすでに「d-g色消し」補正方法を見出して、この時代にはさらに最適化されたニッコール式の色収差補正方法を確立していたと思います。

長々と引用してしまったが、g線だけを大きくプラスに補正する設計手法が、白黒写真において短波長光線起因のフレアーによりシャープネスが低下したり、カラーフィルムでは赤青黄色の発色は良いが全体的にうっすら青紫のベールが掛かったように写る原因や木漏れ日撮影時のパープルフリンジと言われる現象の犯人だったのか。勉強になるなぁ。

【追記】
d-g色消しとかg線とか分かりにくいが、虹色の旋律様の二枚レンズによる色消しの限界(2016年2月27日)の図を見ると分かりやすいかも。
【追記ここまで】

このように各レンズのテレ比を考慮しても、綱嶋親分の作り上げた200mmF4がどれだけ小型で高性能なのか、おわかりいただけたのではないでしょうか。綱嶋親分は今回もいい仕事をしてくださいました。おそらく200mmF4クラスでは最も小さい、クラス最小の望遠レンズの一つではないだろうかと思います。まさにこのレンズは「小さな巨人」と呼ぶにふさわしい。みなさんそう思いませんか。

いままで中古屋さんでスルーしてきたAi Nikkor 200mm F4S、スルーできなくなってしまった(笑)。これは買うしかないでしょう。


写真は記事とは関係ない。
一色海岸(神奈川県三浦郡葉山町):Nikon Z6、NIKKOR Z 24-70mm f/4 S、44mm、絞り優先AE(F8、1/200秒)、ISO-AUTO(ISO 100)、ピクチャーコントロール:AUTO、AWB(6160K)、マルチパターン測光、ワイドエリアAF(S)、手ぶれ補正ON、自動ゆがみ補正ON(強制ON)、高感度ノイズ低減:標準、手持ち撮影、Nikon NCフィルター、バヨネットフード HB-85

神奈川県立近代美術館葉山館の裏手にある一色海岸。神奈川県立近代美術館葉山館の敷地は有栖川宮別邸跡だそうで、さすが風光明媚なところですなぁ。

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