水戸シンボルタワー(2025年12月) ― 2026年01月26日 00時00分00秒
昨年末に水戸に行ったときに、水戸シンボルタワーにも登ったのだが、なんだか忙しくて写真をアップしていなかった。忘れないうちにアップしておく。忙しいと言いながら、バイクのタイヤは週末に前後輪とも自分で交換した。それはまた別記事で。
【関連】磯崎新 群島としての建築(水戸芸術館) ― 2025年12月28日
皆様よいお年を! ― 2025年12月31日
【写真1】水戸シンボルタワー外観(2025年12月):Nikon Z6、Voigtlander COLOR-SKOPAR 21mm F4 P、F11、絞り優先AE、電子シャッター1/200秒、ISO-AUTO(ISO 100)、AWB(5180K)、ピクチャーコントロール:ポートレート、マルチパターン測光、 マニュアルフォーカス(MF)、手ぶれ補正ON(ノーマル)、高感度ノイズ低減:標準、手持ち撮影、Rayqual LM-NZマウントアダプター、Kenko PRO1D plus プロテクター(W)フィルター、専用フード
【写真1】はちょっとゴーストが出ていますな。右下の方でスマホをこっちに向けて水戸芸術館を撮っているお嬢さんが写っているので、あちらの画像にも私がばっちりと写っているんだろうなぁ。
【写真2】水戸シンボルタワーから北西方向を望む(2025年12月):Nikon Z6、Voigtlander COLOR-SKOPAR 21mm F4 P、F11、絞り優先AE、電子シャッター1/125秒、ISO-AUTO(ISO 100)、AWB(6180K)、ピクチャーコントロール:ポートレート、マルチパターン測光、 マニュアルフォーカス(MF)、手ぶれ補正ON(ノーマル)、高感度ノイズ低減:標準、手持ち撮影、Rayqual LM-NZマウントアダプター、Kenko PRO1D plus プロテクター(W)フィルター、専用フード
丸い窓枠が写っているのは、この建物の窓は内部からの眺望のためというよりは外からのデザインを優先しているので、内部からはうまく窓に密着して撮れないからだ。設計者は、磯崎新(磯崎新アトリエ)。
【写真3】水戸シンボルタワーから南東方向を望む(2025年12月):Nikon Z6、Voigtlander COLOR-SKOPAR 21mm F4 P、F11、絞り優先AE、電子シャッター1/125秒、ISO-AUTO(ISO 100)、AWB(5630K)、ピクチャーコントロール:ポートレート、マルチパターン測光、 マニュアルフォーカス(MF)、手ぶれ補正ON(ノーマル)、高感度ノイズ低減:標準、手持ち撮影、Rayqual LM-NZマウントアダプター、Kenko PRO1D plus プロテクター(W)フィルター、専用フード
右側の水面は千波湖。明治39年6月30日発行の国土地理院5万分の1地図「水戸」によると、明治の頃は、千波湖(地図には千波沼とある)は、今の水戸駅の南側まで広がっていたようだ。どうりで水戸駅の南側はいまでも寂れた感じがしているわけだ。ただ、水戸駅の北側の台地の方は寂れていないかというと、駅から離れた旧市街地(水戸芸術館や水戸シンボルタワーのある場所も旧市街地の中心街)も寂れて来ている感じがする。昔はもっと賑わっていたんだろうなぁという感じ。
【写真4】水戸シンボルタワー内部(2025年12月):Nikon Z6、Voigtlander COLOR-SKOPAR 21mm F4 P、F11、絞り優先AE、電子シャッター1/20秒、ISO-AUTO(ISO 720)、AWB(5630K)、ピクチャーコントロール:ポートレート、マルチパターン測光、 マニュアルフォーカス(MF)、手ぶれ補正ON(ノーマル)、高感度ノイズ低減:標準、手持ち撮影、Rayqual LM-NZマウントアダプター、Kenko PRO1D plus プロテクター(W)フィルター、専用フード
【写真4】は水戸シンボルタワーの内部。こんな感じで窓が配置されているので、背伸びしたりかがんだりして窓に近づいて撮影した。風が強いと塔自体が揺れる。
【写真5】水戸シンボルタワーから東南東方向を望む(2025年12月):Nikon Z6、Voigtlander COLOR-SKOPAR 21mm F4 P、F11、絞り優先AE、電子シャッター1/125秒、ISO-AUTO(ISO 100)、AWB(5420K)、ピクチャーコントロール:ポートレート、マルチパターン測光、 マニュアルフォーカス(MF)、手ぶれ補正ON(ノーマル)、高感度ノイズ低減:標準、手持ち撮影、Rayqual LM-NZマウントアダプター、Kenko PRO1D plus プロテクター(W)フィルター、専用フード
手前のISUZUと書かれたビルの1階には、いすゞ117クーペが展示してあった。
【写真6】水戸のいすゞ 117クーペ(2025年12月):Nikon Z6、Voigtlander COLOR-SKOPAR 21mm F4 P、F11、絞り優先AE、電子シャッター1/20秒、ISO-AUTO(ISO 450)、AWB(5100K)、ピクチャーコントロール:ポートレート、マルチパターン測光、 マニュアルフォーカス(MF)、手ぶれ補正ON(ノーマル)、高感度ノイズ低減:標準、手持ち撮影、Rayqual LM-NZマウントアダプター、Kenko PRO1D plus プロテクター(W)フィルター、専用フード
茨城いすゞ自動車株式会社の本社1階に展示してあるいすゞ 117クーペ。※創立70周年記念式典に合わせてレストアしたもののようだ(茨城いすゞ自動車株式会社(筑波総研PDF))
※【追記】茨城いすゞ自動車株式会社の創立70周年記念式典(2021年5月30日)に合わせてレストアしたようだ。
70周年記念感謝祭を開催しました!【第一部】(2021年6月16日茨城いすゞ自動車株式会社)
レストア前の車の写真をみたら、こんなん朽ちてるやんという感じだ。
【追記ここまで】
【写真7】水戸黄門 助さん 格さん像(JR水戸駅前)(2025年12月):Nikon Z6、Voigtlander COLOR-SKOPAR 21mm F4 P、F11、絞り優先AE、電子シャッター1/50秒、ISO-AUTO(ISO 100)、AWB(8670K)、ピクチャーコントロール:ポートレート、マルチパターン測光、 マニュアルフォーカス(MF)、手ぶれ補正ON(ノーマル)、高感度ノイズ低減:標準、手持ち撮影、Rayqual LM-NZマウントアダプター、Kenko PRO1D plus プロテクター(W)フィルター、専用フード
水戸といえば、やはりこの「水戸黄門 助さん 格さん像」を抜きにしては語れない(?)。ちなみに黒谷美術というところが制作したらしい。
水戸黄門 助さん 格さん像(黒谷美術)
| 種類 | 肖像 |
|---|---|
| 大きさ | H230cm W270cm D110cm |
| 素材 | 燐青銅 |
| 原型作者 | 小森 邦夫 |
| 設置場所 | 茨城県水戸市 水戸駅前 |
| 設置年度 | 1993年2月 |
| 作成期間 | 4ヶ月 |
1993年2月に設置とのことで、案外新しいのね。1998年の大河ドラマ『徳川慶喜』放映中にも水戸に出掛けた記憶があるが、そのときには駅前のペデストリアンデッキとこの像はあった記憶がある。ペデストリアンデッキを渡った先のDPE屋さんでKonica Sepia 400のスピード現像とプリントを頼んで小一時間で受け取って帰った。ネガの袋を探したらお店の名前がわかるかもしれない。カメラはコニカ現場監督28HGだった。
コメント
_ みっち ― 2026年01月26日 13時30分44秒
_ Haniwa ― 2026年01月28日 08時52分23秒
>おっ、久しぶりに来てみると、ほほぉ、水戸にもこんなシンボルタワーがぁ。
磯崎新が、水戸芸術館とセットで設計したようです。1990年3月開館だそうです。水戸の方で地震があったりしますと、NHK水戸局からこの水戸シンボルタワーが見える映像が流れることがあります。ずっと気になっていたのですが、今回初めて訪れることができました。
>>右下の方でスマホをこっちに向けて水戸芸術館を撮っているお嬢さんが…
>
>ふっ、ここでHaniwa氏は、すかさず懐から<New>Reflex-Nikkor 500mm F8を取り出すのです。(笑)
>すると一見無害なお嬢と見えたギャル(笑)の表情が見る見る変わり、
>「さては、お主、Haniwaだな!」と破邪剣を抜いて飛びかかり、…
>辺りは少女と怪人が立ち会う修羅場となるのでした。(爆)
<New>Reflex-Nikkor 500mm F8を持って行こうか迷ったのですが、今回は置いていったのが残念でならないです(笑)。
この水戸芸術館の広場は、戦隊もので少女と怪人が戦うシーンとしてはぴったりの場所のような気がします。さすがです。撮影許可が出るのかは知りませんが。
>>水戸といえば、やはりこの「水戸黄門 助さん 格さん像」を抜きにしては‥
>
>やはり御老公の写真がぁ。(笑)
>まだ首が飛んではいないようで、よかったです。(違)
いやいや、御老公は『大日本史』という水戸学につながる歴史書編纂を始めた人であり……「水戸学」、やっぱり国民主権・基本的人権の尊重・平和主義の当代では首が飛んでもおかしくないですね(泣)。
>過去記事にあった寺山修司の「街に戦場あり」を見て、みっちも「世界の街角から」をネタに記事を一丁上げました。ヒント頂いてありがとうございます。それにしても、1960年代って、写真・写真家というものの占める地位は、(今と違って)ずいぶんと高かったように思います。
ttps://mitchhaga.exblog.jp/34087450/
ですね。拝見しました。私には書けない格調高い内容です。
1960年代ってなんだか楽しそうですね。なによりも今と違って「右肩上がり」なのがよいです。その「右肩上がり」が持つ矛盾などが、寺山修司のあの文章につながるのでしょうね。写真や写真家も社会のそうした矛盾を解き明かすツールとしての高い地位があったのでしょうね。
「アサヒグラフ」を図書館で閲覧したくなってきました。
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>右下の方でスマホをこっちに向けて水戸芸術館を撮っているお嬢さんが…
ふっ、ここでHaniwa氏は、すかさず懐から<New>Reflex-Nikkor 500mm F8を取り出すのです。(笑)
すると一見無害なお嬢と見えたギャル(笑)の表情が見る見る変わり、
「さては、お主、Haniwaだな!」と破邪剣を抜いて飛びかかり、…
辺りは少女と怪人が立ち会う修羅場となるのでした。(爆)
>水戸といえば、やはりこの「水戸黄門 助さん 格さん像」を抜きにしては‥
やはり御老公の写真がぁ。(笑)
まだ首が飛んではいないようで、よかったです。(違)
過去記事にあった寺山修司の「街に戦場あり」を見て、みっちも「世界の街角から」をネタに記事を一丁上げました。ヒント頂いてありがとうございます。それにしても、1960年代って、写真・写真家というものの占める地位は、(今と違って)ずいぶんと高かったように思います。