ニコン金属フードHN-1・HN-2・HN-3・HS-9も旧製品に2020年10月16日 00時00分00秒

身代り地蔵(横浜市神奈川区):Huawei P20 lite(ANE-LX2J)、3.81mm(35mm版26mm相当)、F2.2開放、1/123.9秒、ISO50、プログラムAE、AWB、RAW(DNG)ファイルからSILKYPIX Developer Studio 6で現像(HDR使用)

昨日に引き続き八百富写真機店のツイッター(ヤオッター)からの情報で、ニコンの金属製フードHN-1・HN-2・HN-3・HS-9も旧製品になったとのこと。

これらのフードは歴史も長く、多くのレンズの指定フードになってきた。HNはねじ込み式でフィルターネジ溝にねじ込んで使うし、HSはスプリング式だが同じようにフィルター溝に嵌まるので、フィルター径と画角さえ合えば多くの他のレンズ、とりわけ他社レンズにも流用可能な存在だった。

中古カメラ屋さんにいけば、かごや箱にごちゃごちゃと入っている存在とはいえ、私はなるべく新品で買ってきた。実に残念だ。

これもマニュアルフォーカスニッコールレンズやDタイプのAFニッコールを旧製品にしたことに連動しているんだろう。

こんな色んなレンズに使えるものを生産終了にしなくてもいいと思うんだが。私みたいに新品で買う人もまだまだ居たはずだ。だって中古屋さんのがらくた箱みたいなのをがそごそするのが面倒な時ってあるもの。特に新しくレンズを手に入れたときははやく実戦に投入したいから中古屋さんにいってがそごそしてる暇がないもん。すぐにヨドバシでフード買っていた。

こんなものまで生産終了にしないといけないぐらいニコンは追い込まれているのか、それとも、レンズが生産終了だからアクセサリーもとっとと終了という判断なんだろうか。本体製品が終了になってもユーザーは製品を使い続けているわけで、あとからフードの必要性を感じた人や使っていたフードをぶつけて曲げてしまったなどの理由でもう一度購入する人もいるはずだ。本体終了即アクセサリー終了って、ユーザーのこと考えていないよなぁ。まあ次に35mmフルサイズ買うときは他のメーカーもよくよく吟味して買わせていただきますよ。所有のほとんどのレンズは絞り環もピントリングもあるんでね。


写真は記事とは関係ない。身代り地蔵(横浜市神奈川区):Huawei P20 lite(ANE-LX2J)、3.81mm(35mm版26mm相当)、F2.2開放、1/123.9秒、ISO50、プログラムAE、AWB、RAW(DNG)ファイルからSILKYPIX Developer Studio 6で現像(HDR使用)

明暗差があったのでRAW(DNG)で撮影してSILKYPIXで現像した。Jpegだと旗の白抜きのところや後ろの空が白く飛ぶか、お地蔵さんが黒くつぶれるかでなかなか難しい被写体だった。

HUAWEI P20liteは廉価機ながら、RAW撮影ができるのが特長。後継機のP30liteではRAW撮影ができなくなってしまったらしい。たいしたコストではないから廉価機にもRAW撮影を搭載したら、中級機高級機が売れなくなるからやめたのだろう。HUAWEI P20liteのRAW撮影の不満点は、カメラアプリを終了させるとまたデフォルトのJPEGのみモードに戻ってしまうことと、RAWファイルは外部SDカードに保存されないこと。ダブルSIMスロットのうち片方がnanoSIMとmicroSDカード兼用になっていて、そこにSDHCカードなどを入れて設定すると、基本的にSDカードに優先的に記録保存されるようになるのだが、RAWファイルだけは本体に保存される仕様となっている。SIMフリー版のP20lite(ANE-LX2J)は全体で32GBしか容量がないので、これは結構きつい。いまはSanDiskのExtreme 128GBを入れているが、下手したらスマホ本体よりも高速大容量SDHCSDXCカードの方が高くなってしまう。次にスマホ買うときは容量の大きなものを買いたい。ちなみに同じP20liteでもauから発売されているバージョン(HWV32)は容量が64GBになっている(ただしau版P20liteはSIMはシングルスロットでもう片方はmicroSDカード専用スロット)。
【関連】P20 liteのRAW撮影(HUAWEI P20 lite(ANE-LX2J)その4)

以前にもフィルムで撮影したお地蔵さん。ソニーサイバーショットDSC-RX1【第4回】(気になるデジカメ長期リアルタイムレポート) ― 2013年02月14日 00時00分00秒
石碑には以下のようにある。

身代わり地蔵尊の由来 奉賛会
昔、尾張の國から幼い兄妹が武蔵の國府中に住む叔父を尋ねて旅を続けこの地蔵尊前まできた処、突然辻強盗が現れ太刀を振りかざして襲ってきました。兄妹はとっさに地蔵尊の蔭にかくれたため、太刀の手元が狂い地蔵尊の首を切り落しました。そのはずみで刀は折れ切先は辻強盗につきささり返り血で地蔵尊は朱に染まってしまったが、兄妹は危く難を免れたと伝えられています。以来、土地の人はこれを身代り地蔵尊または血染の地蔵尊と呼び益々信仰するようになりました。
幼い兄妹の命を救った地蔵尊のご利益により現在に至るも参詣者の後を絶たないのもむべなるかなと思われます。合掌
昭和五十二年十月 寄贈 赤津房美、坂本新一(刻)
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