赤城耕一 銀塩カメラ復興計画 第7回 ペンタックスSPの記憶2011年08月26日 00時00分00秒

特急彗星(583系、新大阪駅、1978年頃):Asahi Pentax SV、Super Takumar 55mm F1.8、Kenko Skylight filter、小西六 Sakuracolor II、Nikon SUPER COOLSCAN 5000 ED(ICEありGEMなし)

アサヒカメラ.netの連載、「赤城耕一 銀塩カメラ復興計画」の第7回が火曜日(8月23日)にアップされていたようだ。
赤城耕一 銀塩カメラ復興計画 第7回 ペンタックスSPの記憶

Pentax SPが現行品の頃を知らないのだが、私がこどもの頃(1975~6年頃)でも結構な確率でAsahi Pentax SPって見かけたのでこれはかなり売れたカメラだろう。私がこどもの頃は以前何度か書いたが、うちに死蔵されていたPentax SVを押し入れから引っ張り出してきて自分のカメラのように使っていた。Pentax SVは完全メカニカルカメラで露出計も内蔵されていないから電池を入れるところもなくて、露出計内蔵のカメラやAEのできるカメラがうらやましかった。友人の発売されたばかりのCanon AE-1なんかかなりうらやましかった。ただ、ほとんどの同級生はコンパクトカメラ(当時はこの様な呼び方をしていなかったが)しかもっていなかったから、たとえ10年落ちでも一眼レフを持っているだけでうらやましがられた。

話がPentax SVの方に逸れてしまったが、赤城耕一氏のPentax SPの記事に戻ると、記事にある写真のようなブラックボディはあまり見たことがない。ほとんどの人はシルバーメッキのボディを持っていた。それはシルバーメッキの方が耐久性があるし、ブラックボディは当時は何千円高という設定になっていたからだ。同じ機能ならば安いシルバーモデルの方を買ってその分レンズにお金を掛けたいあるいは全体の価格を低く抑えたいというのが庶民感情だろう。

記事にあるSuper Takumar 55mm F1.8とSMC Takumar 55mm F1.8、いいなぁ。ピントリングが梅鉢タイプなのがそそるなぁ。NikkorもMFレンズは梅鉢タイプのままだったらよかったのに。もっとも、実用的には極寒の地では金属剥き出しよりもラバーの方がいいのかもしれないが。

私が使っていたのはSuper Takumar 55mm F1.8の方だった。このレンズは開放から使えてしかも近接時でも二線ボケがでない優秀なレンズだった。これが当たり前だと思っていたから、大人になってからAi AF Nikkor 50mm F1.4Dを使って、開放ではへろへろだし、二線ボケが出ることはあるしで随分がっかりした。まあF1.4とF1.8じゃ全然設計が違うのを分かってなかったのだが。

このねじ込みのM42マウントって危険で、レンズ交換のときに少しねじ込んだつもりでさらにねじ込むために持ち換えると実は全然ねじ込まれていなくてぽろっと落下させてしまったり、知らない間に緩んでいて、ちゃんとピント合わせしたのになぜかピントがずれた写真が撮れていたりというアクシデントがある。幸いぽろっといったときには、さっと受け止めて落下には至らなかった。自分専用で使っていたとはいえ親の持ちものだから冷や汗が出た記憶がある。

もともとこの時代のペンタックス一眼レフはファインダースクリーンがざらついて暗かったこともあり、少しでも開放F値の大きい、とくに広角レンズを装着すると、正確なピント合わせには苦労させられた。日中晴天下で、絞りをかせぐことができる場合は、潔く目測で撮ってしまおうかと思うくらいだ。

そうなんだよねぇ。Pentax SVでもF1.8のときはよかったが、SMC Takumar 200mm F4のときはマット面でピントが見えなかった。しかたないので中央のマイクロプリズムで合わせていた。そのマイクロプリズムも覗き方で翳ったりして使い難かった。たぶん、ペンタプリズムが銀蒸着ではなくアルミ蒸着で、ミラーもアルミの反射だったのだろう。ファインダーに来る光量がかなりロスされているのに、スクリーンはざらざらで大口径レンズでの正確なピント合わせに最適化してあるから、暗いレンズではピントは本当に見えづらい記憶がある。まあ最近のペンタミラーとAF用ハーフミラーで光量が少ない分をすかすかスクリーンで補ってピントがかなり広範囲で合っているように見える一眼レフに比べたらまったくもって正しい方向だとは思うが。せっかくの一眼レフを透過ファインダーみたいにしてしまうからそれだったら余分なミラー取っ払った方が合理的やんという方向に向かっていってしまうのだ。

そんなこんなでPentax SPはそんなに欲しくないが、Pentax SVはSuper Takumar 55mm F1.8でまた使ってみたいな。当時使っていた我が家のPentax SVは私が東京に進学して置き去りにしていった間にカビカビになって処分されてしまったのだ。

【関連追記:2011年10月21日】
赤城耕一 銀塩カメラ復興計画 第8回 ペンタックスSPの記憶2 ― 2011年10月21日
【関連追記ここまで】


特急彗星(583系、新大阪駅、1978年頃):Asahi Pentax SV、Super Takumar 55mm F1.8、Kenko Skylight filter、小西六 Sakuracolor II、Nikon SUPER COOLSCAN 5000 ED(ICEありGEMなし)

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